小さい頃から良く馬鹿だと言われた。
そして今現在、みんな口に出しはしないけど、でもやっぱりそう思ってるんだと思う。
『I'm waiting.』
実際、俺の頭はかなり鈍い方だ。認める。図体と力にだけは自信があったが、親やら隣の家の爺さんやらから野良仕事の一から十までどんなに丁寧に教わっても、片っ端から忘れた。最初の内はみんなどうにかして覚えさせようとあれこれやっていたが、俺が十を越す頃になったらすっかり諦めてしまった。たまに重い物を運ばせるくらいで、ややこしいことはちっともやらせなくなった。でも俺は面倒だったからそれで良かった。
そのうち戦が始まると、村のみんなは真っ先に俺を送った。家に居てもなんの役にも立たずに飯だけ減らす俺は、ただの寄生虫でしかなかったんだ。言ったとおり俺は力と図体だけは立派だったから侍は喜んだし、家の奴らのほうも厄介払いが出来たって言って笑ってた。ああ、勿論これは後でこっそり戻って覗いてみた時に見たことだ。一応俺の前ではそれなりに別れ惜しんでくれたよ。人間って不思議でね、どんなに笑っていてもそういう時だけは悲しそうに出来るんだ。そして、やっぱり不思議だけど、悲しそうにするものなんだよ。馬鹿な俺にだって目が笑ってることぐらい分かるのにね。
とにかく俺は戦の最前線に、死んでも構わない捨て駒として送られた。そして、立派に捨て駒になったんだ。
ただしホントの捨て駒と違うのは、捨てられたごみ捨て場から這い上がってきたって事。
槍と刀で腕を斬られて砲弾で足の骨砕かれて石つぶてで骨も歯も全部まとめて顎を砕かれた。だけど生まれ持っての図体と生命力のおかげで俺は生き延びたんだ。見た目はもう全然人間じゃなくてさ、流血しすぎの貧血でぼやけた視界でだって今の自分がとても見られたもんじゃないって判ったよ。
でも、死にたくないって思ったんだ。普通ならもう駄目だって思ったかもしれないけど、普通なら痛すぎてもういっそ死にたいって思ったかもしれないけど、だけど俺は生きたいって思った。
生きたいって。死にたくないって。
もう仲間の集団も敵の集団も次の戦場に去っていた。腐りかかった死体とそれに群がる鴉と蛆虫、それらから立ち昇る悪臭・死臭。俺の砕けた足と手からもそれは出ていて、時々鴉どもが突っついた。まぁ、俺が唸るとみんな逃げてったけどね。きっともう死んでるって思ってたんで、急に人間の声聞いちゃって驚いたんだろうなあ。
その時、声が聴こえた。
冷たくて、どこか整然とした感じで、だけど今まで聞いた声の中のどれよりも綺麗な声だ。
もしかしたら今まで聴いてきた声がどれもこれも揃って薄汚かったってだけかもしれないけど。
「お前、生きてんな?」
声につられて目玉をぐっと上に向けてみると、坊主頭に白布を巻いた男が立っていた。逆光を背負っていて、体も顔も黒い影にしか見えない。
「何やってんだぁ、煉骨――?」
次いで聞こえた声はとても呑気だった。少しガキっぽい、高めの声。だけどどこか背筋を寒くさせる声。
「大兄貴。こいつ、生きてる。」
「えぇ?…うっそぉ。もうボロボロじゃん」
「ああ。でも生きてる、間違いない。だろう?」
最後の問いは俺に向けられていた。でも俺は馬鹿で、しかも血が足りなくてますます馬鹿になっていたから、良く分からなくてぱちぱち瞬きをした。相手ははぁ、とため息をついて、もう一度、
「お前は生きてる、そうだろう?そうだったら、少しで良いから動け。」
やっと分かって、俺はほんの少し頭を動かした。痛いとか痛くないとかはとっくの昔に通り越してたからぐわんと頭の中で鐘が響いたような感覚に襲われただけだった。ほんの少しだけ、生まれた村の寺の鐘を思い出す。
「うわーぁ。ホントだー、でもこれじゃすぐ死んじまうぜ?」
「えー、どれどれ。うわっ、すげえ!なんで生きてんのこいつー!!」
結構失礼なことを躊躇いも無く言い切ったその声は、ガキではないけど高めだった。それはどちらかと言えば、そう、女のような。
しばらくして、この考えがあながち外れていなかったことを知る。男が好きなら女のようなもんだと俺は思うから。これも、馬鹿な考えなのかも知れないけれど。
もし俺の顎が健在で何かを喋れたなら言ってみたかった、男が好きなら女みたいなもんだよねって。そしたらあいつは、蛇骨は、なんて言っただろうか?あぁでももうそれは叶わない。字を書く腕も無いんだし、元より字を覚える脳みそなんて無かったし、それより何より根本的に――いや、それはこの話が終わる頃には分かることだ。今は話さないでおこう。
話は戻るが、俺は知らない男三人に興味津々で覗き込まれて、正直びっくりしてしまっていた。大体普通の人間は戦場になんて来ないんだ。無気味だし、臭いし。
目を丸くして仰向けに寝転んだまま固まっていた俺は、そのあとの坊主頭の言葉にもっとびっくりした。
「大丈夫だ。これくらいなら多分…直せる。ついでに言うなら、もしかすると…」
「もしかすると?」
「かーなーり、強くなるかも知れねえぞ。」
そしてにやりと笑った坊主頭に、あとの二人はきょとんとして顔を見合わせた。
その時は嘘だと思ったけど、しばらくして全然嘘なんかじゃなかったと知った。
一月もすると俺はすっかり動き回れるようになっていた。使えない腕と足は早々に切り捨ててしまって、坊主頭、つまり煉骨の兄貴が、色んなものに代えてしまった。縄の付いた熊手、鉄の足。砕けた顎には鎧みたいなものを付けてもらってほんの少しだけどまた話せるようになった、でも俺としては鴉に突付かれないだけで充分だった。
そして確かに、俺は前よりずっとずっと強くなったんだ。
「俺たちはなー、仲間探してんだ。人殺しのな。」
あの少しガキっぽい声の、だけどちょっと怖い人、つまり蛮骨の大兄貴は、まだ“修理”途中の俺にも全然臆さず、とても楽しそうにそう言った。変わった人たちだとは思ってたけどまさか人殺しなんて思わなかったから俺は少し動かしやすくなった首をちょっと傾げた。すると大兄貴はまた楽しそうに笑って、
「へへ、驚いた?でもホントなんだよ。俺たち、人殺しが好きで好きでたまんねえの。でも辻斬りなんてつまんないだろ、一度にほんのちょっとしか斬れないんだから」
俺は馬鹿だから良く分からなかったけど、言われてみればそうな気がした。でも、だからどうするんだろう。
「だからな、俺たち傭兵をやるんだ。戦なら一度でたっくさんの人を殺せる。な、いい考えだろ!」
自信たっぷりにそう言われて、また、そうな気がした。俺は戦に行けと言われたとき、そんなの考えつきもしなかったのに、行かなくて良いうちからそれを考えついた大兄貴たちは、すごいと思った。それで、出ない声の代わりに、賛同の印としてちょっと目で笑った。
そしたら大兄貴は、
「おっ、お前もそう思うか!そーかそーか、はははお前って可愛いな――!!」
背後で蛇骨がうっそぉ大兄貴の趣味ってそういうのだったの!?とか叫んでたけど、俺には“しゅみ”の意味が良く分からなかったのでやっぱり目で笑った。俺に向かってこんなふうに笑ってくれたのは大兄貴が初めてで、そしてそれがなんだか嬉しかった。
俺の足の改造をしてくれていた煉骨の兄貴は、なんだか呆れたような目で大兄貴を見ていたけど、その目の理由は今でもよく分からない。
分からないことはいっぱいあって、そしてそれを教えてもらいたくても教えてくれと頼む術はもう無くて、でも俺はそんなことどうでも良かった。
とにかく兄貴たちはすごいと思ってた。そりゃあまだどんな人かも良く分からないうちだったけど、でもそんなのなんとなくで充分分かることだった。
今まで出会ってきたどんな奴らとも全然違う人たちなんだ。きっと、何より大事なことを知っている人たちなんだ。
そう思ったから俺は、別に人殺しが好きなわけでもなかったけど、兄貴たちの仲間になった。
この人たちに一生ついていこう。正義も知恵も何も要らない、そんなものはこの人たちにとってはきっとチリに等しい無用のものだ。俺はこの世で一番すごくて偉い人たちに出逢えた。そう、きっと。
これは、今でも俺が固く信じていることだ。
殺していくうちになんとなく、他の人たちの目が変わっていってる気がしてはいた。いっつも頭を下げてきた侍どもの目が、昔俺を見ていた親や村人のそれとそっくりになっていったんだ。でも兄貴たちはなんにも言わなかったから、まぁいいかと思っていた。
でも一度だけ、煉骨の兄貴にそれを伝えてみようとしたことがある。大分慣れた鉄の顎で、片言の日本語。それでも兄貴はちゃんと分かってくれた。そして、鼻で哂った。
「あんな連中は放っておけ。どうせ俺たちの強さにだんだん怖くなってきたとかそんなもんさ。俺たちには関係ない」
言われて、そうだなと思った。そうだ、俺たちには関係ないんだ。
やっぱり兄貴は賢い。
でもそれからもっと時間が経ったら、その関係ないはずの侍たちが襲ってきた。俺はなんとか兄貴たちを護りたかったけど、でも、駄目だった。大兄貴が毒矢で倒れて、煉骨の兄貴も蛇骨も睡骨もじきに倒れて、体のでかい凶骨なんかもっとすぐに倒れて、意外と頑張ったのは大量の毒を撒き散らした霧骨、それに全身の皮膚のほとんどを鉄に代えてもらっていた俺だった。
でもやっぱり細い矢尻はその隙間に入り込んで、結局俺は倒れて目を閉じてしまった。霧骨も倒れていた。
俺はそこで終わったなと思ったんだけど、いつの間にか空が見えていた。青い、秋晴れの綺麗な空だ。あれ・と思ったとき、いつかの戦場の時みたいに声が聞こえた。やっぱり綺麗な声だった。
「目が覚めたか。」
ああ、煉骨の兄貴だ。生きてたのかな、死んだと思ったのは間違いだったのかな、やっぱり俺って馬鹿だな。そんな風に思ったけど、でもその後の兄貴の説明でどうやらそこまで馬鹿じゃなかったらしいと分かった。と言っても結局馬鹿な頭だからその説明自体よく分からなくてだけどとにかく俺たちは生き返ったということで。
小さい頃通わされたあの寺のあの坊主、やっぱり嘘つきだと思った。人は死んだら仏さまの極楽浄土に行くって言ってたのに。来たのはまた元の世界だよ、何が極楽だ。
嘘つきなんて大嫌い。
それからしばらくの間、また兄貴たちと一緒に色んなことが出来た。やっぱり兄貴たちは血が好きみたいで、殺すことが好きみたいで、そして俺はやっぱり兄貴たちが好きだった。
だから俺はついてった。一緒に並んで、そのうち身体がまた壊れて煉骨の兄貴が直してくれた。並べなくなったけどみんなを乗せてあげられるようになった。
それは嬉しかったけど、でも、それからもうしばらくしたら俺はもう一緒にいられなくなっちゃったんだ。
ばんって何かが弾けた気がした。煉骨の兄貴の顔を最期に見た気がした。
でもそれは全部“気がした”にすぎなくて、俺はもうそれを確かめる術なんて持ってない。
今俺のいる所は、とってもきれいな所だ。なんでか分からないけど木の葉っぱや道端の小石が全部金色に光ってて、太陽も無いのに辺りが眩しい。流れる川の水は水晶みたいにきらきらしていて、だけど触ると生き物みたいにあったかいんだ。小川に沿った、金色の並木道。
捜せばきっと霧骨や凶骨もいると思うんだ。なんとなくだけどね、絶対だよ。
俺、前にもここに来た気がする。多分、あの久しぶりの秋晴れの青い空を見る少し前くらいに。その時は確か素通りしちゃったんだな、兄貴たちが興味無さそうで。それから…それから……ああ、どうしたんだったろう。覚えてないや、やっぱ馬鹿だなぁ俺って。
不思議だな。兄貴たちとはきっとまた会えるって気がするんだ。今いないのは兄貴たちがまだここに来てないからなんだ。凶骨たちは…多分、先のほうを歩いてるんだよ。あとで走ればちゃーんと追いつける。
ねえ、大兄貴。
煉骨の兄貴。
蛇骨。
睡骨。
待ってるよ。
ずっと待ってる。
きっと兄貴たちは来てくれる。
どうしてか分からないけど俺には分かる。
そいで、兄貴たちが来てくれたら、俺はまたついて行くんだ。どこまでもどこまでも、ずっとずっとついて行く。
俺は馬鹿だから、今自分のいる所のこともよく分からない。でもね、きっと、きっと兄貴たちなら、どうにかしちゃうと思うんだ。
他の奴らに出来ないことだって、兄貴たちなら出来るよね。
待ってるよ。
待っている。
ずっとずっと、待っているから。
だから、一緒にいてね。
一緒に。

-----------------------End.
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ちょうどこれを書いた頃、アニメが七人隊編だったと思うんです。そしてその中で、毎回毎回画面の隅っこでちょこまかちょこまか動いてる銀骨が可愛いったらもう(おい)
そしてその上でなんか胸張って得意げに(目の錯覚)立ってる煉骨なんかがいるわけです。やっぱ可愛いんです(なんか別ベクトルに腐りましたね)
というわけで発想は不純ながら一生懸命書きました(汗) 一応もう一つの七人隊小説、蛇骨一人称のほうを意識して書いています。もう少し七人隊の出番が多かったら…ドラマCD買うぐらいの勇気と金があれば…煉骨とか蛮骨もやりたかった、かな(笑)気力が続きませんでしたごめんなさい;;
壁紙、入れ方もイラスト自体もすごく気に入ってます。わりとこだわりです(笑
あ、そうそう。UP当初は(そしてUP後一年以上;)タイトルは「I'm wait.」だったんですが、よく考えると現在進行形なんだし「ing」要る気がする…と気付きまして(英語嫌い人間)、今更と思いつつも直してみました。合ってるかどうかはやっぱり分かりません(ぁ